ONE SHOT KILLが終わって1週間、JIGDRESSのあれやこれやが終わって漠然とした未来をぼんやり眺めながらひたすら裁縫に励んでいる。古着をリメイクしたり、取れかけたボタンを付け直したり、子供の頃から好きだった手芸はアルコールのように先々のことを逃避させてくれて、且つ作り上げる事で自己肯定感を満たしてくれる。男らしく育ってほしかった父親からしたら目に余る行為だったようで、たまに当時がチラつく。けれど成人した俺にはもはや関係ない過去であり、未来と同時に目を背けつつ自己肯定感に浸るばかり。実は家庭的?なんて思われそうだけど、食い物に関しては本当に興味がない。飯を食うことは作業であって、しかも眠くなるっていう厄介なオマケがつく。だから作ることなんてまずないし、選ぶ時間ももったいないから決まったものを毎回買ったり注文する。飯を食うって作業さえなくなれば人生はより豊かなのに。
休止理由は伝えた通り音と感覚が乖離し始めたことが主。telosの制作を始めた段階でなんとなく違和感に気づき始めて、きっとなんでもやれるって思っちまったことが引き金になったんだと思う。telosのジャケットと中の音の乖離具合で気づいた人もいるんじゃないかな。足りない部分があるから人間は面白いのに、完璧を求めるあまり手を広げすぎた。taogを作った時点である程度そっち方面は到達できてた。あのベースラインを思いついた瞬間、ベースの音を作り上げた瞬間、達成感が体を満たしてくれた。マジであの時でやめておけばよかった。劇薬だったんだよな。
去年の10月からアルコールを断って、より乖離具合が明確になった。洗練されたというか。まあ、手芸でアルコールみたいな事を今もしてるわけなんだけど。謙遜なく言うと俺は割と物事の奥が見える。相手がオブラートに包んだ、もしくは包みたい芯とか、意味のないエグ味とか、薄っぺらい狙いとか。流してもいい「力こそパワー」みたいなズレもゆっくり咀嚼して相手が傷つくタイミングで指摘する。自分を嫌な奴だと思うことはなくて、物事の奥が見えない奴に音楽を作ることはできない。以前はその矛が自分と少し離れたところに向く場面が多かったんだけど、洗練されてから矛が自分に向くようになった。自分が割とジャンク品で、シアナマイドとレグテクトでアルコールから離れると今度は自分の感情の起伏に悩み、結局レクサプロ、レキソタン、ラモトリギでネジを締め直して、エスゾピクロンで睡眠を得る。自分のことをマジで理解してなかったわけだ。通うことはないと思ってたジャンルの医者にかかり、錠剤が胃を満たす。食い物として捉えれば悪くはないか。ただ、こんな自分が白昼堂々と街を歩いてたなんてマジでゾッとする。怖え。結局、自分が作る全てにも矛が向く。同じ作業場で作っている音楽とグッズ、その他アートワークが統一されてないというか、それぞれ別物に感じてしまう。出発点は一緒だったのにそれぞれが極端な角度で育ってしまったようだ。特に音楽への違和感は半端なかった。ズレを楽しむレベルを超えていた。そして、telosの制作時期に感じた違和感がより立体的に見えてきた。高鳴るディストーション、フラつく歌詞性、乖離を埋めるためのどうでもいい比喩。もうダメだと思った。自分がなんなのかを理解する必要があった。メンバーにすら自分を伝えられない。
活動休止を決めてからのライブはできるだけ作った時の感覚で歌ったつもりだ。伝われよ聴けよと思ったあの感覚、当時の過去への喪失感、虚無感、悲しさ寂しさ憂い。サウンドクラウドにはじめて音源を上げた時に似た感覚をひたすら届けることに身を削った。心とサウンドの距離を当時の感覚で埋め尽くせば届くはずだと。グッズも俺たちの音楽やJIGDRESSの根本を改めて考え直して作った。
これまで聴いてくれた人やライブに来てくれた人に感謝している。本当にありがとう。この先どんな形でどこで会うかも、もう会うことはないのかもわからない。ただラストライブ「またな」という言葉に賭けてみた。
所詮今の音楽を聴いてない老害どもがロックの思想とかをぐだぐだ議論してる世の中だし、アップデートされない思想感で相手の存在理由を決めたがるただラクしたい奴らばっかの昨今だけど、みんなはそのまま変わっていってな。俺も変わるよ。ロックは若者の音楽だし、心が柔軟な大人の音楽だ。音が色で見える感じだよ。みんなならできるよ。
風邪には気をつけてな。